名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)3729号 判決 1988年2月26日
反訴原告
市川元秀
反訴被告
佐藤芳治
主文
一 反訴原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 反訴被告は、反訴原告に対し、金八〇六万五八五二円及びこれに対する昭和五七年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
反訴原告は左記の交通事件(以下「本件事故」という。)によつて腰部挫傷等の傷害を負つた。
記
(一) 日時 昭和五七年一二月一六日午後三時四〇分ころ
(二) 場所 名古屋市中村区竹橋町五番九号先路上
(三) 反訴原告車 自家用普通乗用自動車(名古屋五九ゆ三二五五)
・右運転者反訴原告
(四) 反訴被告車 自家用普通乗用自動車(名古屋三三ろ四八九四)
・右運転者反訴被告
(五) 事故態様 反訴原告が反訴原告車を運転して前記路上の片側三車線のうち中央分離帯寄り車線を東進中、中央の車線において赤信号のため信号待ちしていた自動車が方向指示器を出さず急に反訴原告車の前に出て来たため、反訴原告は、中央分離帯の方にハンドルを切つて急停車したところ、反訴原告車の後部を東進していた反訴被告車が反訴原告車に追突した。
2 反訴被告の責任
反訴被告は反訴被告車の保有者であり、また、本件事故は反訴被告が反訴原告車の動静を注視していなかつた前方不注視の過失により生じたものであるから、反訴被告は自動車損害賠償保障法第三条及び民法第七〇九条に基づき、本件事故によつて反訴原告に生じた損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 治療費(診断書料・明細書料を含む。) 金五二万三二三〇円
反訴原告は、中部労災病院において昭和五七年一二月一七日から昭和六〇年九月二七日まで通院加療を受け、治療費として右金員を支払つた。
(二) 通院交通費 金一三万一〇〇〇円
反訴原告は、昭和五九年一月一日から同六〇年六月三〇日までの間に中部労災病院へ合計一四〇日通院し、通院費として、右金員を支出した。
(三) 休業損害 金五〇九万八八二四円
反訴原告は、タクシーの運転手であり、本件事故がなく勤務することができたならば、昭和五八年の一年間の給与として金二四八万七八四五円、同賞与として金四九万五六〇〇円、計金二九八万三四四五円以上の収入を得ることができ、同年度以降も同様の収入を得べきものであつたところ、反訴原告は本件事故により昭和五八年一月一日から、昭和六〇年九月三〇日まで就労できなかつたことによりその間金五〇九万八八二四円の収入を失つた。
(四) 逸失利益 金一三八万二七九八円
反訴原告の後遺障害については、自動車損害賠償保障法施行令第二条別表後遺障害別等級表第一四級に該当しており、自賠責保険の関係でその旨の認定を受けている。
反訴原告は、昭和一二年一月一日生まれの男性で、本件事故がなければ一年に少なくとも金二九八万三四四五円の収入を得ることができ、将来一九年労働することができる(ホフマン係数一三・一一六)ものであるところ、本件事故により少なくとも五パーセント以上労働能力を喪失させられたので、反訴原告の逸失利益は少なくとも金一三八万二七九八円を下らない。
(五) 慰謝料 金二一五万円
本件事故による精神的苦痛を金銭に評価すると、少なくとも金二一五万円を下らない。
4 損益相殺
反訴原告は、本件事故につき自賠責保険金として金一九五万円を受領したので、これを前項の損害額に充当する。
5 弁護士費用 金七三万円
反訴原告は、本件事故によつてやむなく訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、名古屋弁護士会報酬規定に定める報酬基準に基づいて金七三万円を支払うことを約した。
よつて、反訴原告は、反訴被告に対し本件事故による損害賠償として、金八〇六万五八五二円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年一二月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3について
(一) 同3(一)の治療費については、昭和五七年一二月一六日から症状固定日の同五八年五月末日までの治療費は認める。なお、同年二月一六日から同年五月三一日までの治療費は金一万九五八六円とみるべきである。その余の額については否認する。反訴原告が中部労災病院において昭和六〇年九月二七日まで通院加療を受けた事実は不知。
(二) 同3(二)の事実は否認する。
(三) 同3(三)の事実は否認する。
反訴原告は、昭和五一年一一月二七日、タクシーを運転中追突されるという交通事故にあい、右交通事故により頸部挫傷の傷害を受け、昭和五八年一二月三一日まで右頸部挫傷の傷害により休業していたものであつて、昭和五八年一月一日から同年一二月三一日まで就労しなかつたのは本件交通事故によるものではない。
また、昭和五九年一月一日以降、反訴原告が就労しなかつたことと、本件交通事故との間に相当因果関係はない。
(四) 同3(四)の事実のうち、反訴原告が自賠責保険の関係で自動車損害賠償保障法施行令第二条別表後遺障害別等級表第一四級の認定を受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。
(五) 同3(五)の慰謝料は争う。症状固定日である昭和五八年五月末日までの実通院日数からすると金三〇万円が相当である。
3 同4の事実は認める。
4 同5の事実は不知。
三 仮定抗弁(休業損害及び逸失利益が認められるとした場合)
1 休業損害に対する損益相殺
反訴原告は、本件交通事故当時から本件交通事故による傷病が症状固定した昭和五八年五月三一日までの間、名古屋東労働基準監督署から一日当たり金三二八九円の割合による休業補償給付金及び一日当たり金一〇九六円の割合による休業特別支給金を受領している。
2 逸失利益に対する損益相殺
反訴原告は、本件交通事故による傷病が症状固定した昭和五八年五月三一日から後も同年一二月三一日まで名古屋東労働基準監督署から一日当たり金三二八九円の割合による休業補償給付金及び一日当たり金一〇九六円の割合による休業特別支給金を受領している。
四 抗弁に対する認否
抗弁1、2の事実のうち、反訴原告の本件交通事故による傷病が昭和五八年五月三一日に症状固定したとの点は否認し、その余の事実については明らかには争わない。
第三証拠
記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因について
1 本件事故の発生に関する請求原因1の事実及び反訴被告の責任に関する同2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 そこで同3の損害の点について検討する。
(一) 成立に争いのない乙第一号証の一ないし一二、第二号証の一ないし一一及び反訴原告の本人供述を総合すれば、反訴原告が中部労災病院において本件事故による腰部挫傷の治療であるとして、昭和五七年一二月一七日から昭和六〇年九月二七日まで通院実日数にして一三一日間通院加療を受け、同病院に対し、右のうち昭和五八年二月一六日から昭和六〇年九月二七日までの治療費(診断書料・明細書料を含む。)として金五二万三二三〇円を支払つた事実及び反訴原告は右通院期間を含め昭和六一年一二月二二日ころまで休業していたことが認められ、また、右傷害につき本件事故による後遺障害として、自賠責により後遺障害等級第一四級の認定を受けたことは当事者間に争いがない。
(二) しかしながら、鑑定人景山直樹の鑑定の結果によれば、反訴原告の本件事故による腰部挫傷は遅くとも昭和五八年五月三一日をもつて症状固定と目してよいこと、反訴原告の後遺障害は反訴原告の訴える腰通と、それを裏付けるかのような腰部圧痛とラセグ徴候であるところ、腰部圧痛はあまりに限局性が明瞭でないこと、ラセグ徴候があるのに反射の異常がないこと、必ずしも圧痛点が坐骨神経の走向に合うとはいえないことなど疑問点が残り、かつ、核磁気撮影をしたにもかかわらず、痛みの裏付けとなる所見が見られないことなどからして、労災等級第一四級一三号または非該当というものであることが明らかであり、右鑑定の結果と鑑定書中の「現症歴」及び名古屋大学受診時の診察所見」の記載を併せ勘案すると、反訴原告のいう腰痛は単なる主訴にとどまるものであり、争いのない自賠責の等級認定の点を考慮しても右症状固定の時期以降なお反訴原告に労働能力喪失ありと認むべき程度の後遺障害が残存したものとは認め難い。前掲乙号各証及び反訴原告の本人供述中、反訴原告の主張に沿う部分は右鑑定結果等に照らし採用することができず、他に反訴原告の主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
(三) そうすると、治療費については、反訴被告の自認するように、事故発生の日から昭和五八年五月三一日までの分については、本件事故と相当因果関係のある損害ということができるが、その数額を確定するに足りる的確な証拠がないから、反訴被告の自認する金一万九五八六円の限度でこれを認めるほかはない。
なお、通院費については、成立に争いのない乙第二号証の二ないし一一によれば、反訴原告が昭和五九年一月一日から昭和六〇年六月三〇日までの間に中部労災病院に合計八九日通院した事実は明らかであるが、右認定のように反訴原告の本件事故による腰部挫傷は昭和五八年五月三一日に症状固定していると認められるので、それ以後の通院に費用を要したとしても、右通院費と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。
(四) 次に休業損害及び逸失利益の点について判断するに、成立に争いのない甲第二号証の一ないし九及び反訴原告の本人供述によれば、反訴原告は昭和五一年一一月二七日にタクシーを運転中、訴外林龍治運転の乗用車に追突され頭頸部挫傷の傷害を受けたこと(以下「第一の事故」という。)、第一の事故の発生から、昭和六一年一二月二二日ころまで反訴原告は休業していたこと、第一の事故については、労働者災害補償保険により第一の事故の発生から右事故による傷害が治癒したと認められた昭和五八年一二月三一日まで、休業補償として休業補償給付金七六六万七九六一円及び休業特別支給金二六〇万五〇二八円の給付を受けていたことが認められ、また、反訴原告の本件事故による腰部挫傷の傷病は、昭和五八年五月三一日に症状固定と目してよいことは前認定のとおりであるところ、前掲鑑定の結果によれば、本件事故による受傷が第一の事故による受傷に与えた影響については、両者は頸部と腰部であつて直接的つながりのないことが認められ、また本件事故によつて第一の事故による頭頸部挫傷の症状が悪化したと認められる証拠もないことからすれば、反訴原告は本件事故に遭わなくとも、第一の事故により少なくとも昭和五八年一二月三一日までは休業を余儀なくされていたと認められるから、本件事故による反訴原告の腰部挫傷の受傷と、右傷害が症状固定した昭和五八年五月三一日までの反訴原告の休業との間には因果関係を認めることはできず、また、前示のとおり、反訴原告に本件事故による後遺障害として、反訴原告の主訴にとどまる痛みの点は別として労働能力喪失と認むべき症状を認めることができないから、本件事故による腰部損傷が症状固定した後の昭和五八年六月一日以降昭和六〇年九月三〇日までの反訴原告の休業との間にも相当因果関係を認めることはできないし、もとより逸失利益の点についても、これを認めるに由なきものといわなければならない。
(五) 反訴原告が本件事故により被つた精神上の苦痛に対する慰謝料はその部位、程度、症状固定までの期間など諸般の事情を総合考慮すると金三五万円が相当である。
3 自賠責保険金の受領の事実については当事者間に争いがなく、反訴原告が受領した金一九五万円を右認定の各損害に充当すると反訴原告の損害はすでに填補済みであることが明らかである。
そうすると、反訴原告の弁護士費用の請求が理由なきに帰することは当然の事理である。
二 結論
よつて、反訴原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 上野精)